心のしこり~死ぬまで抱えていなくてよかった~

まさか・・・・一緒に闘病生活を乗り超えた夫に裏切られるとは思いもしませんでした。

私は、夫を戦友だと感じ、共にがんと闘ってきた・・・・と思っていました。

夫は44歳で、胃がんになりました。
胃全摘、膵臓三分の二、脾臓も切除という、9時間に及ぶ大手術でした。
手術後、2ヶ月半で会社に復帰しました。
その5年後食道がんに、またその2年後には大腸がんになり、手術をしました。
夫はその都度、信じられないほどの回復力で社会復帰を果たしました。

闘病中、それまでの生活習慣を見直し、食事も変えました。
体を動かすことが大事と、一緒に毎朝、ウオーキングも始めました。
夫の薦めでゴルフも一緒に始めました。
以前は、全くといっていいほど無かった仕事の話もするようになりました。

私は「いつ訪れるかも知れない死を意識しながら、いかに前向きに今を生きるか」
を共に共有し、生きてきたと思っていました。

大腸がんの術後は、不思議なくらいに、がんの再発とは縁遠くなりました。
夫は、定期的に検査をしながら、仕事に精力的に取り組んでいました。
余暇も、ゴルフ、スキー、スキューバダイビングなど、活動的に動いていました。

夫が元気であることは、とても嬉しいことです。
が、そのころから、またお酒を飲む機会が増え、帰宅時間も遅くなることが多くなっていきました。
常に夫の体調のことを気にかけ、神経をそこに集中する。
体調がすぐれないと、途端に不機嫌になる夫を何とか収める。
そして常に、夫の機嫌を伺う・・・・。
そんな自分に疲れる日々でした。

たまに「今日、夕食はいらない、遅くなる。」と言われると、「やっと一人の時間が持てる」とほっとする私がいました。
「浮気してるかも?」と感じても、水を向けると夫は正直に白状しました。
私も「まあ、一時的なことだろう」と、それほど気にかけることもありませんでした。
日常はそんなに変化はなく、朝のウオーキングは相変わらず一緒、休日も夫婦で出かける。
そんな変化のない日常に安心していました。

が、ある時から、今までとは全く違う感覚に襲われたのです。
今までの軽い浮気とは全然ちがう・・・・。
帰りが、夜中の12時を過ぎることが、途端に多くなりました。
そして、私に対して、嘘をつくようになったのです。
今まであんなに、気軽に話していたことを、隠したがる。
休みの日も。私をおいて出かけることが多くなりました。
段々エスカレートし、クリスマスはもちろんのこと、
お正月も、元旦は何とか家にいたものの、2日から出かけていきました。

「何が起こったの?」と思いながらも、私は冷静を装いました。

朝帰りする夫に、朝食をつくり、お昼のお弁当を作り、洋服の支度を整えました。
「あなたがどうであれ、私は、自分の決めたことはきっちりしますよ。」というスタンスを通したのです。

本当は、「どういうことなの?」「何が起こったの?」「これから、どうするつもり?」・・・・・

でも、聞けなかった。

裏切られた気がしました。

「今までの、私の努力は何だったの!」
「一緒に戦ってきたのじゃなかったの!」
心の中は荒れ狂いました。

けれど、私は自分が取り乱すことを封じ込めたのです。

「病気で臥せっている」のと、たとえ女の人のところに行っていようが「元気でいる」のと、どっちを選ぶの?
私は「夫が元気でいることの方を選んだ。」と自分に言い聞かせました。
けれど、心は不安でいっぱいでした。

その時から、私は本当の自分を見なくなったのです。
固く心を閉じました。
傷ついた自分を、見たくなかったのです。
人にも見せたくありませんでした。
「私は大丈夫!私は大丈夫!」と必死で自分を保っていました。
取り乱すことが怖かった。
自分が崩れていくのが怖かったのです。
そんな自分を許せなかった。
だから、自分に嘘をついたのです。
そして平然を装いました。
「私は強い!大丈夫!」と自分に言い聞かせました。
その時から、私は本当のありのままの自分を見なくなったのです。
けれど、当時はそんなことに気づいてもいませんでした。
たぶん私は、能面のような、表情の無い顔をしていたのではないでしょうか?

こんな状態が1年半ほど続きました。
なんとなく、別れたのだなと思えるように、帰宅も早くなりました。
夫は、何事も無かったかのように、もとの日常に戻りました。
表面的には、私も元の生活に戻りました。
が、やはり夫のことが許せなかったのです。

このことは親にも、友人にも、だれにも言えませんでした。
それから4年後に、夫は亡くなりました。

私は、友人の勧めで仕事を始めることになりました。
仕事の中で、「自分と向き合うこと」「本当の自分を知ること」の大切さを学びました。
自分を見ようとしても、封じ込めた思いが邪魔をして、ありのままの自分が見えません。
自分のことが見えなければ、人のことなど見えるはずもありません。

「どうすれば、いいのだろう?」

そんな時、社長から、「誰にも言えない心の奥に隠しておきたいことは、多かれ少なかれ誰しも持っているものだ。
だが、それをたった一人の人に話せたら、心が楽になる。」と言われました。

ようやく心のしこりを話してみようと思えました。
話してみると、気持ちがスーッと楽になったのです。
そして、今まで必死に隠しておきたいと思ったことが、なんだか大したことではなかったようにも思えました。

今まで邪魔をしていた心のしこりが取れて、心の中が見渡せるようになりました。
起った出来事は何も変わっていないのに、気持ちはまるで違ったものになったのです。

不思議なことに、夫に対する気持ちも、和らいでいきました。
いや、夫の良いところがいっぱい思い出されたのです。
楽しかった思い出も数えきれないほどたくさん思い出しました。

彼には「○○だから出来ない・・・・・
○○だからあきらめる・・・・・
○○のせいで・・・・・・」という言葉はありませんでした。

彼は決して病気を言い訳にはしませんでした。
常に挑戦者であり続けました。
本当は、がん患者の当事者として、どんなに不安だったろう・・・・
辛かったろう・・・・・怖かったろう・・・・・
そんな不安を振り払うように、彼は一日一日を精一杯に生きた!と断言出来ます。

「そんな生き方を貫いたあなたに出会えたこと
一緒に人生を歩めたこと
あなたの妻であったこと
心からありがとう!」

この世に、完璧な人間などいません。
誰しも、いろんな面を持っています。
良いところもあれば、欠けたところもあるのです。
優れたところもあれば、劣っているところもある。
清い心も、醜い心も持っている。
それが人間。
欠けたところがあるからこそ愛され、受け入れられる。

そんなすべてを、受け入れ、包み込める人になりたい・・・・・そう、思います。