40才・どん底からの「自立」への道

「すぐに荷物をまとめて、子供たちを連れて家を出てくれ。兄貴は破産した。」

忘れもしません。1991年5月、末娘が小学校4年生の運動会の日のこと。
家に帰った私を待っていたのは、義理の弟からの1本の電話でした。

一体何が起こったのか訳も分からないまま、中3中2小4の娘3人と、
夜逃げ同然で義弟夫婦の家に転がり込みました。ただただ必死でした。
娘たちの気持ちすら、思いやる余裕は、全くありませんでした。

それまでの私は、「物やお金があることで初めて安心できる」という価値観で生きていました。

いい大学を出て、安定した収入のある人と結婚することが幸せの条件。
土地があって持ち家があるから安心。賃貸で生活している人は、なんて気の毒なのだろう。
理想の将来は、快適な家に建て直して、年に1回は海外旅行をして・・・
今から思うと、恥ずかしいほど薄っぺらな考えでした。

破産という衝撃的な体験をしてからも、その価値観から抜け出せず、
どうにかしてもとの生活を取り戻せないものかと、主人が立ち直ってくれることだけに一縷の望みをつないでいました。

何とか主人が生まれ変わって立ち直ってくれないものかと、奈良にあるという、
「内観研修所」という施設を探し出し、そこに行ってもらおうと真剣に考えた時期もありました。
全てを人のせいにして、人に期待することしか出来ない私でした。

ところが、人を変えようとしても、それは無理。人は変わらないのです。
それどころか、自分のエネルギーがどんどん消耗し、落ち込み、ひどいうつ状態に陥りました。

毎晩、寝汗でパジャマが絞れるほどの汗。
食べられない、寝られない、笑えない…体重はあっという間に10キロ減りました。
朝になってまた辛い一日が始まるのが、恐ろしくて恐ろしくて、
「地獄ってこのことなんだ」と思う日々でした。

その頃、テレビでは連日、雲仙普賢岳の噴火のニュースが報道されていました。
煮えたぎる火砕流の恐ろしさ、家が流されていく映像、被害に遭われた方の様子…
それを見ていた私の心には、恐ろしいことに、どこか心地良い感覚があったのです。
私以上に不幸な人がいることに喜びを感じる自分…
「最低な自分がいた」その感覚は忘れることはできません。

そんな私に声をかけて、仕事へと導いてくれたのは、高校時代の同級生でした。
彼女は、そんな私を連れ出し、「ワープロが出来たらいいと思わない?」と、
それは上手に今の仕事場へと導いてくれました。
うつ状態で、出かける気力など皆無だった私を、少しずつ少しずつ引っ張り出してくれたのです。
「彼女がいなかったら今の私はいない」と、心から、そう思います。感謝しかありません。

何とか仕事に出かけるようになっても、人からどう見られているかばかりが気になる、
自分に全く自信が無い、肌もボロボロで人前に出たくない…
自分ではどうすることも出来ない「弱さ」を痛感する日々でした。

呪文のように唱えていた言葉は、「強くなりたい!」

当時の私の目標はたった1つ、「娘たちの幸せ」…。それ以外にはありませんでした。
そして、そのためには、精神的にも経済的にも「自立する」ことがテーマでした。

「自立する」=「人からどう見られるかを意識しない」「ありのままの自分を受け入れる」
「経済力をつける」…それまでの自分とは真逆の自分を目指すことでした。

それまで仕事らしい仕事をしたことがなく、誰かに依存して生活してきた私にとって、
仕事=自分との闘いでした。

「自分をほめる」「自分を好きになる」「自分を受け入れる」…
会社でのミーティング、勉強会、トレーニング…そして現場を通して、
少しずつ、少しずつ、私は変わっていきました。

本当に少しずつ、少しずつ、強くなってきた自分、その成長を感じています。

「人は変われる」「なりたい自分になれる」…そう、思います。

それは、自分自身の体験を通して、迷いなく言い切れることです。

でも大切なのは、その環境。その考え方。
「どんな考え方のもとに身を置くか」…それ以上に大切なことはありません。
自分の人生のために、人的環境を選ぶことは不可欠だと思います。

強くなってきたと自分では思っても、
「大丈夫と思うな」「それは驕りだ」「自分の弱さを知っている人が強いのだ」…
仕事を通して教えてもらったことは、一言では言い表せないほど沢山あります。

関わって28年。
「自立する」「強くなる」…思い続けてきたことが、現実に自分の力となっている実感があります。
「願えば叶う」のです。

「精神的、経済的に自立する」
そうなれたことで、人の幸せにも貢献できている自分がいます。

主人とは、離婚しました。
けれど、「娘たちにとっては唯一の父親」として、娘たちと父親との交流は続いています。
いろいろあったけれど、今は「あのことがあったからこそ、今がある」と、心から感謝しています。
そして、「相手にも幸せでいて欲しい」と自然に思えるようになりました。

今の幸せは、昔の私には想像も出来ないほどのものです。
そして、それをつかみ取ったのは、自分自身。

豊かな人生を感じています。